荻野アンナが歩く!横浜エリア探訪⑥~京急線・シーサイドライン沿線北部エリア 新鮮な食のワンダーランドから、インクルーシブ遊具のある公園、そして海へ。

新鮮な食のワンダーランドから、インクルーシブ遊具のある公園、そして海へ。

車窓に横浜南部市場を捉えた時、思わず歓声が上がった。三角屋根が紺、白、グレーに塗り分けられたお洒落な建屋なのである。こちらは「ブランチ横浜南部市場」、2019年のオープンで日はまだ浅い。隣のコンクリート2階建てが「横浜南部市場食の専門店街」だった。これらの2棟が市場の場外に当たる部分を構成している。市場本体は業者向けで一般客を受け入れていない。

「食の専門店街」の様子
気になる看板が立ち並ぶ「食の専門店街」

「食の専門店街」は昭和レトロな商店街の雰囲気で、「わけあり屋」や「友誼ゆうぎ商店」など、気になる看板が並ぶ。「浜もつ」ののぼりに惹きつけられて、もつと肉の「木下商店」に足を踏み入れた。中は内臓肉のワンダーランドだった。脂付牛大腸、豚サキシロ、イブクロ(チート)。豚フワは豚の肺だった。
「創業が大正12年なんですね」
「南区井土ケ谷に1店舗目がありまして」と店長の板橋幸子さん。「そちらが1923年からやっています」。

新鮮な食肉の専門店である木下商店
新鮮な食肉の専門店である木下商店

南部市場店は2021年の開店である。ちなみに「浜もつ」は横浜食肉市場で処理されたもの。内臓が1本につながった状態で来たのを井土ケ谷の店で加工する。この上もなく新鮮、ということだ。

「内臓というともつ鍋、もつ煮のイメージですが、普通の煮込み料理にも使えるんですよ」
テール、牛ハチノス、アキレスなどはトマトベースの煮込みに適している。
「内臓系は下茹でが面倒なんですよね」
ハツ、ホホなど、赤身の部位はそのまま使えるものもある。腸は下茹でが必要だが、いったん茹でてしまえば後はずっと煮込むだけで、むしろ手間はかからない。

客層を聞いてみた。
「この界隈は若い少人数のご家庭が多いですね」
彼ら向きに冷凍品を100グラムぐらいにカットした商品を出している。男性で、「焼き材」に使えるものを数品買っていく人もいる。
「男性で料理熱心な人は多いですよ」
使う部位の選択から始まって、料理法、味付けまで板橋さんに聞いてくる。板橋さんも慣れたもので、これと指差した部位の調理法は即答だ。例えば豚タン。丸ごと1本を生姜とネギで茹で、スライスし、醤油とからしで食べる。

希少部位について聞いてみた。豚ナンコツは1頭から30グラムぐらいしか取れない。100グラムは3頭分、それで141円とは法外な安さに思える。豚コメカミはホホからコメカミにかけての勾玉状の肉。人間ならこの部分、と肉を顔に近づけて見せてくれた板橋さん。意外とお茶目である。

笑顔を絶やさない板橋店長と荻野アンナさん
笑顔を絶やさない板橋店長と荻野アンナさん

南部市場のブランチ内にはバーベキューパークがあり、こちらで買った新鮮なもつをその場で焼いて食べることができる。利用者には肉の価格が5%オフというのも嬉しい。

すっかり焼肉モードになっていたのが、「かに専」の店頭に来ると、一瞬でかにモードに入れ替わった。店頭の冷凍ケースは各種のかにでぱんぱんになっている。折しも1人の男性がケースに近づくと、迷うことなく1尾を取り上げ、斎藤友泰さん(店長)に向かって微笑んだ。斎藤さんもにっこり頷く。
「常連さんなんですよ」

目利きの斎藤店長が仕入れたかにを持つ荻野アンナさん
目利きの斎藤店長が仕入れたかにを持つ荻野アンナさん

仕事の関係で市場に日参するので、目が効くようになっている。週に1度は現れて、斎藤さんに割安で美味しいものを教えてもらっている。彼の選んだタラバは1尾1980円。安さを裏切る美味にはわけがある。タラバは海の深場に住んでいるが、脱皮する時は水圧で潰されないよう浅場に上がってくる。そこで昆布を餌として、昆布の旨みが全身に回ると毛がにと同じような味になる。脱皮した殻が固くなると深場に戻るのだが、その直前に他の魚と紛れて網にかかったものがこちらに来る。たまたま揚がったものなので値段は安くなる。
「流通が確定していれば1万円の値段が付いてもおかしくないんです」
こうして鮮度、希少性、タイミングの三拍子が揃ったものが「かに専」の店頭に並ぶ。

様々な種類のかにが並ぶ冷凍ケース
冷凍ケースにはさまざまな種類のかにがびっしりと並ぶ

「日本人は見た目と名前で選ぶんですよ」
少し黒ずんでいるからと値段の落ちるマルズワイガニは、身がぱんぱんに入っており、磯の香りのする濃い味をしている。

アメリカではゴールデンキングクラブ、ブルーキングクラブ、レッドキングクラブは同じような値段だ。それぞれの日本名はイバラガニ、アブラガニ、タラバガニ。味に遜色はなくとも、タラバ以外は安値になる。

不当な扱いを受けてきたかに達は、「かに専」の店頭で、安さはそのまま、味に相応しい扱いを受けることになる。すべて斎藤さんの試食済みで、彼の舌を納得させるものだけが商品になる。
「そうじゃないとやってられないですよ」
薄利多売、と言いかけて「多売はないです」と頭を掻いた。

取材中も次から次へと来店客が訪れる店
取材中も次から次へと来店客が訪れる店

「ブランチ」に向かって歩いていると、チラシを渡された。「市場を一般開放!」そして「土曜市」とある。毎月第2、第4土曜日の朝8時から10時、普段は入れない市場の水産棟に一般客を受け入れる。市場価格で買い物ができるというのは魅力的だ。

頭の中が海産物でいっぱいになって、「神水産」に吸い込まれていった。入ってすぐのところに貝の生け簀がある。ハマグリ、アワビ、サザエ。「墨を吐きますのでさわらないで!」の表示の下にはなぜかタコが丸まっている。

新鮮なあわびやはまぐり、かにが並ぶいけす
新鮮なあわびやはまぐり、かにが並ぶいけす

「週末バーベキューの人が新鮮な貝類を買っていきます」と2代目社長の今井頼彦さん。
1匹88円のイワシから2980円の石垣鯛まで、横に長い店の空間を多種多様な魚が埋め尽くしている。銀色に輝くソウダガツオが一際目を引いた。「神奈川」と明記してある。その気になって探すと、神奈川産は結構ある。
「なるべく地元の魚を取り扱うよう心がけています」

お話を聞かせていただいた今井社長と荻野アンナさん
お話を聞かせていただいた今井社長と荻野アンナさん

小柴漁港(金沢区)に「うちの専務」が毎回直接仕入れに行っている。その関係で東京湾の魚が非常に多く入る。今井さんの指すほうを見ると、有名な小柴の穴子が目立つところに置かれていた。

小柴漁港で水揚げされた穴子など
右側に見えるのが小柴漁港で水揚げされた穴子

店のもうひとつの名物は三崎のマグロだ。競り人歴40年以上の目利きに頼んで1本丸ごとを買い、三崎の冷凍庫に保存してある。
「ねっとりした美味しいマグロですよ」
鮮やかなルビーレッドのサクが所狭しと並んでいる。
「頭付きの魚にもこだわっています」
先ほどのプリプリのソウダガツオを思い出した。しかし私は魚が捌けない。
「うちは調理サービス付きです」
イカとイワシ以外なら何でもおろしてくれるとはありがたい。店にはもうひとつ「ウリ」があった。惣菜コーナーには鮮魚のフライや天ぷらが並ぶ。太刀魚のフライとさんまの天ぷらに手を伸ばした。

たちうお、あまだい、かますといった珍しい魚のフライが並ぶ店先
たちうお、あまだい、かますといった珍しい魚のフライが並ぶ店先

「神水産」の隣は青果の「みなみ」だ。これまた横に長い店に野菜と果物がずらりと並ぶ。レジには長蛇の列ができている。その秘密は店先を一瞥(いちべつ)するとわかった。少量買いたい人のためにはナス1本からばら売りをする。まとめ買い用の袋入りもある。どの商品も「お買い得品」と「本日の特売品」だが、手書きの「ゲリラセール」の札をつけたものは(こと)に安い。種無し巨峰1パック450円。その隣には「ルビーロマン」が1房9800円でゲリラセールになっていた。ルビーロマンは初競りで100万円の値がついたこともある高級ぶどうと後で知った。懐に応じた買い物が出来るのがこの店の良いところなのだろう。

新鮮な野菜や果物を求めてレジにはたくさんのお客が並ぶ
新鮮な野菜や果物を求めてレジにはたくさんのお客が並ぶ

魚と野菜をゲットして、今夜のお菜の心配がなくなったところで、小柴自然公園で童心に帰る。緑の崖を背にした、細長い敷地の中央あたりに横浜市で初となるインクルーシブ遊具広場が広がっている。障がいのある児童も一緒に遊べる工夫が凝らしてあるのだ。遊具エリアに足を踏み入れるなり、足下が沈み込む感じがあった。ゴムチップ舗装で、転んでも怪我をしない。

「くるくるドーム」は回転遊具。車椅子のまま乗れるようになっている。ブランコは3つのうちひとつにロックが付いており、低年齢や障がいのある児童も安心して使えるようになっている。太鼓の音がして振り向くと、親子連れの坊やがカラフルなボンゴのようなものを嬉しそうに叩いている。

遊具で遊ぶ廣田すずかさんと息子のかいりくん
遊具で遊ぶ廣田涼夏(すずか)さんと息子の海里(かいり)くん

傍らのお父さんに声をかけた。
廣田大地さんは磯子区在住のITデザイナー。西区から越してきて2ヶ月になる。インスタグラムで知って、この日が初めての来園となる。ゴムチップ舗装が決め手のひとつとなった。
「この年齢だとしょっちゅう転ぶので」
他ではあまり見かけなくなった回転遊具があるのもポイントが高い。

海里くんが気に入った回転遊具
海里くんが気に入った回転遊具

2歳の海里くんは斜面がそのまま滑り台になったところを滑っていく。途中で転んで泣きかけたが、お母さんの涼夏さんに抱き止められると、すぐに機嫌を直した。
「海里くんの反応はどうですか?」
「街中の公園だと1時間もしないうちに『帰る』って言い出すんですが、今日は2時間いてもなにも言わないですね」

たっぷり2時間遊べましたと笑顔で話す廣田さんファミリーと荻野アンナさん
たっぷり2時間遊べましたと笑顔で話す廣田さんファミリーと荻野アンナさん

廣田さんは横浜駅西口でバーも経営している。そんな彼にとって横浜は「大人として遊びやすい街」だ。同時に「子どもといても遊びやすい街」でもある。都内と比べ横浜には安く、あるいは無料で利用できる施設が多い。
「僕ら世代が遊びやすく育てやすい街なんです」
回転遊具でご機嫌の海里くんに手を振って公園を後にした。向かう先もまた公園である。松林を抜けると、突然目の前に砂浜が現れる。空の青が海に溶け込んで、夢の中に迷い込んだ気分になる。潮の香りが、これが現実なのだと教えてくれる。人影の少ない海岸で、ウィンドサーフィンやシーカヤックに興じる数人がいる。

広々とした砂浜が美しい「海の公園」
広々とした砂浜が美しい「海の公園」

「海の公園」の1キロの砂浜の、砂は全て千葉県から運んできた。砂に上質があるのかどうかわからないが、足にまぶれ付くそれはさらさらと感触が良い。

ふたり連れの青年が、松の根元で一休みしている。声をかけたら、加藤伊織さんが答えてくれた。ハマっ子の大学生は、今日初めてウィンドサーフィンを体験した。隣の友人に教えてもらったのだが、風がよくつかめず「めっちゃ難し」かった。

この日がウィンドサーフィン初挑戦の加藤さん
この日がウィンドサーフィン初挑戦の加藤さん

伊織さんは中学校から鶴見で、今でもよく鶴見に行く。飲んだり、出身校の体育館でバスケをやったり、友人の家を訪ねたりする。
「横浜はどうですか」
「ガチで好きです」
遠くから帰ってくると「めっちゃ落ち着く」という。ちなみに彼はこの砂浜が人工だとは知らなかった。
「え、この量を運んだんですか?」
本気で驚いていた。
友人は帽子を被り、伊織さんはヘルメットを手にしている。ウィンドサーフィンは無帽でやると頭皮が焼けてしまうそうだ。

砂浜から海を見つめる加藤さん
砂浜から海を見つめる加藤さん

「格好いいヘルメットですね」
友人の母親のものだった。
「母は沖に出ています」と友人。ふたり連れではなく、3人連れだった。ふたりに別れを告げて帰りかけると、海から上がってきた女性とすれ違った。この人がお母さんだった。ウィンドサーフィンにハマり、海の公園には10年近く通い詰めているという。最高の笑顔を残して、彼女は去っていった。潮の香りを胸いっぱい吸い込んだ。夕方の海は凪いで、明日の晴れを約束していた。

【基本情報】
ブランチ横浜南部市場
住所:横浜市金沢区鳥浜町1-1
URL:https://www.branch-sc.com/yokohama_nanbu/

・小柴自然公園
住所:横浜市金沢区長浜116-2
URL:https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/midori-koen/koen/tsukuru/seibikeikaku/koshiba-kanren/koshiba.html

・海の公園
住所:横浜市金沢区海の公園10番
URL:https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/park/uminokouen/

※この記事の情報は、取材をした2025年9月時点のものです。

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荻野アンナの笑顔の写真

ライター:荻野アンナ
1956年横浜市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。83年より3年間、ソルボンヌ大学に留学、ラブレー研究で博士号取得。89年慶應義塾大学大学院博士課程修了。以後2022年まで同大で教鞭をとり、現在名誉教授。1991年「背負い水」で第105回芥川賞、2002年『ホラ吹きアンリの冒険』で第53回読売文学賞、08年『蟹と彼と私』で第19回伊藤整文学賞を受賞。そのほかの著書に『カシス川』『老婦人マリアンヌ鈴木の部屋』など。神奈川近代文学館館長。

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