荻野アンナが歩く!横浜エリア探訪④~相鉄いずみ野線エリア 人々を惹きつける田園風景と「ゆめが丘ソラトス」

人々を惹きつける田園風景と「ゆめが丘ソラトス」

車が市営地下鉄下飯田の駅を離れると、ほどなく田んぼと畑が車窓を流れるようになる。車は1軒の立派な構えの農家の前に停まった。「自然館 泉(ベリーキャンプ場)」の美濃口俊雄さんが迎えてくれた。元々は農家だが、観光農園にシフトして、5年前からキャンプ場も始めた。

「横浜は広いんです。みなとみらいと港湾と中華街。それ以外にも、泉区にはこんな豊かな場所が残っているというのを発信したくて」

傍らには次男の昌大(あきひろ)さんが控えている。アメリカのコンピュータ関係の有名企業に15年勤めていた。最終的に日本に戻ることを選択し、しばらくは一般企業にいたが、父のキャンプ場を手伝うことになった。

キャンプ場においてキャンプサイトを知らせるサイン
キャンプ場においてキャンプサイトを知らせるサイン
テントサイトの風景
奥には小川が流れるテントサイトの一区画

「会社では代わりの人がいるけれど、うちでは替えがききませんから」
昌大さんが華麗なキャリアを経て、自分と一緒に「農」を選んでくれたことに、俊雄さんはやはり喜びを感じているようだ。長男はイチゴ栽培を手がけて、親子揃って農の新しい形を模索している。

こちらのキャンプ場はユニークな三交代制を取っている。10時から14時、14時15分から18時15分、そして18時半から翌朝の9時半だ。テントを張る場所の1区画を「サイト」と呼ぶが、大サイトで一泊して税込2470円。昼と夜をつなげたりと、いろいろな組み合わせが可能になっている。

美濃口俊雄さん、荻野アンナさん、美濃口昌大さん
左から美濃口俊雄さん、荻野アンナさん、美濃口昌大さん

駅が近いので、東京から電車で来る人も多い。川崎や町田から自転車に荷物を積んでやって来る人もいる。気軽にキャンプを楽しめるが、初心者だけではなく、慣れた人も遠くまで行くのが億劫だからとこちらに来る。

新しい試みとしては、ここから2㎞ほど離れた「鍋屋の森」に瞑想のためのキャンプ場をオープンしたところだ。俊雄さんはヨガの先生に付き、インドにも7回行ったという瞑想の実践者なのである。森閑(しんかん)とした空間で、最高の静けさを体験できる。やってみたい、と胸が躍ったが、瞑想の夜に晩酌は可能だろうか。恥ずかしくて聞くに聞けなかった。

「サイト」にはそれぞれ名前が付いている。「ひまわりサイト」はファミリー用で、周りがひまわり畑になっている。見せていただいたのは「森の中サイト」。木漏れ日が斑点を描く地面に、テントを建てたところをイメージするだけで、自然との一体感に、胸がすく思いがする。

ブルーベリーを摘む荻野アンナさん
ブルーベリーを摘む荻野アンナさん

そしてこのキャンプ場は「ベリーキャンプ場」なのだ。キャンプで遊んで、収穫体験もできる。今の季節はブルーベリー。腰より低い潅木(かんぼく)に、小さな黒い果実がびっしりと付いている。俊雄さんの真似をして、しごくようにすると、熟れた果実がはらはらと溢れる。採れたてを頬張った。酸味を上回る濃厚な甘味が舌に()みた。

「自分で採ると美味しいんですよ」と昌大さん。春のイチゴは、イチゴ狩りの達人が「ここのは一番美味しい」と言ってくれたそうである。春にまた来よう、と思った。

ゆめが丘ソラトス外観
2024年開業のゆめが丘ソラトス

駅へ戻ると、2024年開業の複合商業施設「ゆめが丘ソラトス」が待っていた。キャンプ場の草いきれに慣れた鼻を、今度は甘いバターの香りが直撃する。醸造所の付いたクラフトビールの店や、地産の牛乳を使ったスイーツの店など盛りだくさんな中に、「神奈川県をテーマにしたローカル・フードマーケット」の「YYYard(ヤード)」はある。食品中心だが、愛甲郡の伝統製法によるホウキが置いてあったりと多彩である。お目当ては神奈川野菜のコーナーだ。

物色していると、野菜のカートを引いてスタッフの嶋村悠子さんが現れた。
「横浜の野菜ってありますか?」
今持ってきたのは全て瀬谷区の「おやじの野菜」のものだという。
「こちらは採れたてをすぐに持ってきてくれるんですよ」

嶋村悠子さんと荻野アンナさん
嶋村悠子さんに野菜のあれこれをたずねる荻野アンナさん

この前はとうもろこしを持参したが、「今朝採れじゃなくてさっき採れ」だと自慢していた。飲食店をメインに卸していたが、「もっといろんな方に届けたい」との思いがこちらでの販売につながった。

並べる前のカートのナスについ手が伸びた。
「それはサラダ紫です」
親品種が水茄子で、神奈川県で開発されたものだ。別種の球形のナスにも目が行った。
(こし)(まる)茄子です」
新潟のブランドナスで、この辺りではここでしか買えない。「加熱して輝くナス」だそうである。これで今夜の献立は決まった。サラダとステーキのナス尽くしだ。

新鮮な野菜であふれる店先の様子
神奈川・横浜の新鮮な野菜であふれる店先

エスカレーターで3階まで来ると、子供たちの歓声が空間に満ちている。ASOBLE(アソブル)はアミューズメント会社が運営しているプレイゾーンである。店長代理の目黒和人さんによると、モットーは「遊びで明日を変えていく」。原則として干渉はせずに遠くから子供たちを見守る。6歳以下は必ず保護者同伴。6歳から12歳は「基本的には保護者連れ」だが、見ているとひとり遊びの子も多い。

「おいくらですか?」
「お金はいただかないんです」
「太っ腹ですね」

子どもたちが遊ぶプレイゾーン
子どもたちが遊ぶプレイゾーン

遊具は「ねじれクライム」や「ふわふわドーム」と名前からしてユニークだ。ドームは白い半球だが、子供たちがぴょんぴょん跳ねて楽しんでいる。ねじれのほうは、ひしゃげた筒に孔を開けて触手を伸ばしたような不定形に、登るためのボルダリングのような突起が付いている。遊び疲れたら角に読書コーナーがある。図書館と違って声を出して読んでも大丈夫。といってもこの喧騒では、かなりの大声でも周りには聞こえないだろう。

目黒和人店長代理と荻野アンナさん
目黒和人店長代理に話をうかがう荻野アンナさん

屋上にも「そうにゃんパーク」という遊びのスペースがある。相模鉄道キャラクター「そうにゃん」は大人気なのだ。昔の百貨店には屋上遊園地があったものだ。懐かしい景色と言いたいところだが、遊具は今風だ。エッフェル塔を小さくしたようなロープ製のジャングルジムがある。ターザンの気分を味わえるジップラインもある。すべり台で遊ぶ親子連れに声をかけた。

「そうにゃんパーク」の様子
さまざまな遊具のある「そうにゃんパーク」

若海未希わかうみみき)さんはこちらが「4回目か5回目」。
「2回目ですよ」と2年生の叶愛(るあ)ちゃん。
「そうじゃないでしょ、お父さんとも来たでしょ」

若海さんは保土ケ谷区在住。こちらには3、40分かかるが、予定がなくてもふらっと来られるところが気に入っている。
「夏休みなんで、どこか連れてかないと上の子が退屈するんです」
ここなら買い物もできるし、と付け加えた。今日は友人の誕生日プレゼントを買いに来た。
「いいもの買えました?」
「はい、上の子のも買わされて」

1歳の惺七(せな)くんは元気にすべり台に挑戦している。
「次回はキッズシネマに行ってみたいです」

ソラトスには関東初の子ども連れ用映画館が入っている。惺七くんには初シネマとなるのだろうか。3人に「バイバイ」をしてソラトスを後にした。

若海さんファミリーと荻野アンナさん
若海さんファミリーと荻野アンナさん

最後の目的地は「天王森泉(てんのうもりいずみ)公園」だ。公園といえば街中のイメージだが、周囲は見渡す限りの田んぼである。二階建ての一軒家が「天王森泉館」だった。囲炉裏(いろり)端に腰を下ろし、公園の運営委員会会長の角本等(かどもとひとし)さんと事務局長の中木琢夫(なかきたくお)さんに館の歴史を伺った。

天王森泉館の外観
趣のある天王森泉館

明治44年(1911)というからもう百十余年前のこと、清水製糸場がここから500メートルほど北に建てられた。泉区は湧水が豊富で、川沿いだけで製糸工場が10軒ほどあったという。周りは桑畑で、農家は蚕を飼って工場に売りに来ていた。

大正時代に全盛を誇っていた製糸業も、関東大震災とナイロンの導入で傾き、清水製糸場も昭和5年(1930)に人手に渡った。買い手は工場主の娘の学校の教師で、現在の場所に本館の一部を移築して自宅にした。裏庭に竹林、池に鯉、わさび田もあるという農家の暮らしで、たまに生徒が遊びに来ると、みんなで廊下を磨いたりしていたという。

天王森泉公園の様子
竹林をぬける風の音だけが聞こえる天王森泉公園

平成9年(1997)に館は横浜市に寄贈された。横浜市はホタル飛び交う環境を活かして、自然あふれる公園を作ることにした。市民と子供たちを交えて話し合いを重ね、3年かけて計画が練られた。各所に地元の声が反映されている。例えば館の脇には奥から水路が引いてあるが、これは子供たちが水遊びのために欲しがったことから実現した。

館の脇に引かれた水路
館の脇に引かれた水路

ここら辺から話はボランティアの山本登久(とく)さんにバトンタッチされる。話の節々に自然を守るとはどういうことか、具体的なヒントが隠されていた。ホタルはボランティアが管理・保護しているが、一晩に30匹ほどが5月から6月にかけて毎晩見られる状態をキープしている。ボランティアは自然発生するように環境を整えている。

いろり端の山本登久さん、角本等さん、荻野アンナさん
囲炉裏端で山本登久さん、角本等さんのお話を聞く荻野アンナさん

周囲は国道4号線ができてからの土地開発で環境が変わったが、その中でこちらを拠点として生物多様性を守っていくことになった。毎月1回モニタリングとして生き物調査を行い、レポートを近隣学校などに郵送している。ボランティアはボランティアで工夫を凝らしている。公園内部の「くわくわ森」は、薪や炭の需要が減って放置され、荒れていたのを公園化で綺麗に戻した。しかし下草を機械刈りすると、スゲなど強い草しか残らないので、ボランティアたちが手刈りをして、野草の花芽を残すことにした。おかげでキンランやヤマユリがこの20年で飛躍的に増えた。

この公園は地域の憩いと勉強の場でもある。月に1回は季節に合ったイベントをする。春なら竹の子祭りで、子らは竹の子を堀り、大人は鍋を楽しむ。公園が地元から借りた田んぼが4枚ある。近くの小学校の子供たちはそこで田植え・稲刈り体験をし、収穫した米で餅つきをする。残った稲はボランティアが正月飾り作りに用いる。米糠や籾藁(もみわら)は竹林に入れ込んで肥料とする。

天王森泉公園周囲の田んぼの風景
天王森泉公園の周囲には豊かな稲穂の田んぼが広がる

「ここではすべてが循環しているんです」
館を出て水路に沿って行くと、左手には日本に昔からある野草を育てている「野の花苑」が広がっている。
「雑草みたいでしょ」
確かにその通りだが、山本さんの話を聞いた後ゆえ、ありがたいものに見える。さらに進むと右手にわさび田、左手に竹林、奥は森になっている。わさび田が可能なのは豊かな湧水のおかげ。

わさび田の風景
天王森泉公園にあるわさび田
湧水が流れ落ちる風景
わさび田を育む豊かな湧水

「ここら辺全域から絞り水が出るんですよ」
滲み出てくる水が絞り水と教えられた。
日本の原風景というべき景色を前にして、ヒグラシの合奏に耳を傾ける夕暮れ。こんな豊かなひとときもまた横浜なのである。

【基本情報】
・自然館 泉(ベリーキャンプ場)
住所:横浜市泉区下飯田町1734
URL:https://www.shizenkanizumi.jp/

・ゆめが丘ソラトス
住所: 横浜市泉区ゆめが丘31
URL:https://www.yumegaoka-soratos.com/

・YYYard/ YYYard café
住所: 横浜市泉区ゆめが丘31ゆめが丘ソラトス1階
URL:https://www.yumegaoka-soratos.com/floor/detail/?cd=000039

ASOBLE(アソブル) ゆめが丘ソラトス店
住所: 横浜市泉区ゆめが丘31ゆめが丘ソラトス3階

URL:https://asoble.jp/shop/yumegaoka-soratos/ 

・そうにゃんパーク
住所: 横浜市泉区ゆめが丘31ゆめが丘ソラトス屋上
URL:https://www.yumegaoka-soratos.com/feature/?cd=000011

・天王森泉公園

住所:横浜市泉区和泉町300番地
URL:https://www.tennoumori.net/



※この記事の情報は、取材をした2025年8月時点のものです。

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荻野アンナの笑顔の写真

ライター:荻野アンナ
1956年横浜市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。83年より3年間、ソルボンヌ大学に留学、ラブレー研究で博士号取得。89年慶應義塾大学大学院博士課程修了。以後2022年まで同大で教鞭をとり、現在名誉教授。1991年「背負い水」で第105回芥川賞、2002年『ホラ吹きアンリの冒険』で第53回読売文学賞、08年『蟹と彼と私』で第19回伊藤整文学賞を受賞。そのほかの著書に『カシス川』『老婦人マリアンヌ鈴木の部屋』など。神奈川近代文学館館長。

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