青空の似合う街角、新横浜から羽沢横浜国大駅あたり
新横浜といえば、一に新幹線、二に日産スタジアムだ。コンクリートの巨大な構造物の一画に、横浜市スポーツ医科学センターはある。内科・整形外科・リハビリテーション科を備えたクリニックだが、それだけにとどまらずトレーニングルーム、プールに体育館などを擁する広大な施設だ。全国でも公的なスポーツ医科学センターでこの規模は、ここしかない。


整形外科の患者は診察を受けてからリハビリを受け、回復後はトレーニングルーム等で運動療法を行う。運動療法は、内科の患者の生活習慣病にも対応している。
リハビリ室を見せてもらった。ベッドの置かれたブースが並んでいる。スポーツ科学部/診療部 リハビリテーション科の鈴川仁人部長にお話を伺って、この光景が独自のものであるとわかった。まず、この手の施設で個別のブースに分かれているのは珍しい。PT(理学療法士)の数だけブースがあり、電子カルテが見られるというのも稀だ。その数、現在17。筋肉の状態を見るためのエコーも付いている。

こちらのPTや整形外科医の中には、プロのスポーツチームやオリンピックに帯同した経験を持つ人がいる。プロチームのトレーナーがアドバイスを受けに来ることもある。トップアスリートのケアの知見を、一般人の「ライフパフォーマンス」の向上に活かしているのである。
患者にとっては贅沢な環境だが、誰でも受け入れてもらえるのだろうか。
「どなたでも気軽にご利用いただけます」
ついさっき捻挫した小学生もやってくる。診療もリハビリも保険診療の範囲内。トレーニングルーム利用は一回千円だ。
リハビリ通院は原則週一回。残りの時間に自宅で患者がセルフケアできるようにと、個別のメニューを作って渡している。晴れて治療を「卒業」したら、体力の維持と向上のために、トレーニングルームを使うこともできる。ランニングマシンなどの個別の利用の他に「姿勢改善筋力向上教室」を始めとする集団プログラムに参加することもできる。

自分に合った運動を見つけるためには、SPS(スポーツプログラムサービス)を受ける。スポーツ版の人間ドックで、医学的検査と体力測定をセットで行う。具体的には、自転車漕ぎをしながら心電図を測る「運動負荷心電図」などがある。SPSは横浜市独自のサービスだ。
トレーニングルームに移ると、ウェア姿のご婦人が二人、インストラクターと楽しそうにお話ししている。都筑区から来た「先輩」は、かれこれ20年近く通っている。上大岡の「後輩」は10年になる。こちらで知り合ってお喋りをする仲になった。
「ここに来るのが張り合いになって、元気になります」
こちらには「安心がある」と声を揃えたお二人は、共にSPSを受けていた。

スポーツ医科学センターを後にして、スタジアムの巨大な胎内に吸い込まれていった。1匹の蟻になった自分を感じながら、トラックを半周しつつ、新横浜公園(日産スタジアム)公園管理局事業部長の甲斐啓太さんのお話を伺った。
国体のために1998年にオープンした当初は、6万人の観客を想定していた。その後2002 FIFAワールドカップ™の誘致で大幅増席。ラグビーワールドカップ2019™日本大会、東京オリンピック2020サッカー競技 男女決勝で、世界三大スポーツ大会の舞台となったのは世界初の快挙だった。こうしたビッグイベントごとに改装を行い、現在では7万2000人が収容可能となり、座席は跳ね上げ式、照明はLED、音響にも先端技術を導入した。


「意外にも、このグラウンドは声援や野次がよく聞こえるんですよ。観客の顔も見えます」
立っているグラウンドは建物全体としては3階にあたる。建物自体は千本以上の柱の上に載っており、近くの鶴見川が氾濫した際は遊水地として水を受け入れる。スタンドは2階層で、1階層はなだらか、2階層はきつめの勾配になっている。
「2階層のほうが俯瞰で見られるので、全体の動きを見たい人はこちらを選びます」
観客席はライトブルーのシートだが、一部が区切られて濃いブルーになっている。VIP席である。ふかふかの座り心地は映画館さながらだった。手軽に体験したければ、60分のスタジアム見学ツアーがある。選手のロッカールームや出入り口も見られるというのは、聞くだに心躍る。

スタジアムを取り巻く新横浜公園の横断には、特別にカートを使わせていただいた。70ヘクタールは東京ドーム約15個分、歩いていては日が暮れる。

カートは相撲場の傍を通った。土俵は伊勢ヶ濱部屋の照ノ富士親方が横浜市に寄贈したのだという。
「ここはあらゆるスポーツができるんです」
カートは高架下を横切った。その右手はスケボー広場、左手はバスケットボール広場で、高架下のわずかな空間も有効活用している。

草地広場は春の桜が見事だが、初夏は芝の緑が鮮やかだ。日産スタジアムを管理している「グリーンキーパー」がこの芝の面倒を見ているとあって、手入れは万全の状態だ。自前のテントを持ち込んで、日光浴を楽しむ人もいる。

ドッグランはこの日お休みだったが、こちらも天然芝100%。既存のものは砂やチップが多い中で、芝はワンちゃんの足に優しい。
ランニングを終えて歩く男性に声をかけた。菊池康太さんは、週末よくここで走っているそうだ。大倉山の家から3キロを走り、公園では10キロの後、再び走って帰る。足元には青のラインが引いてある。これが1周1.7キロで、走る時の目安になる。
「ここは走りやすいですよ。仕事のリフレッシュになります」

再び走り始めた菊池さんの背中に手を振って、新横浜公園を後にした。
相鉄新横浜線羽沢横浜国大駅は2019年誕生の新駅で、隣にはこれまた新築の高層マンションがそびえる。

マンションと一体になった複合商業施設「HAZAAR」の1階の一画にあるのがhazaar Bakeryだ。一見普通のパン屋だが、よく見るとセクションごとに様々なパン屋の集合体になっている。
「パン屋のセレクトショップは珍しいですね」
株式会社ハットコネクトの取締役、矢野勇人さんは大きく頷いた。まず2020年に横浜高島屋で始めたところ、真似する店が次々とできたが、ほとんど撤退してしまった、という。

こちらは2025年4月9日開店で、約20店舗のパン屋の商品を扱う。1週間日替わりで、約200種類のパンを出品している。実店舗で売る時は裸でトレイに並べられるパンは、こちらでは袋に入って成分表示のシールが貼られ、客にとって選びやすいように並べられている。
客の側にすれば、普段は行けない遠くのベーカリーの製品を手にできて、「パン屋巡り」の時間短縮になる。パン屋のセレクトショップたるゆえんだ。

矢野さんのパンにかける情熱にはルーツがある。10年ほど前、パン屋にオリーブやジャムを卸していた。中の1軒でバゲットをもらい、帰りに一口かじって「衝撃的な甘み」に感動する。その後はすっかりバゲットにはまり、パン屋の世界にのめり込んでいく。職人芸に感動し、「頑張っている人が輝くべき」との信念からこの世界に入った。
お話を伺っている間にも、次々と客が訪れる。近所に住んでいる奥さんは、近くの小児科に行くついでにこちらに来た。横浜国大の学生は、学校帰りに小腹が空いたら寄っているそうだ。
「普段近くのパン屋しか行かないから、いろんなところのパンが試せるのがいいですね」
おすすめのアップルパイは、私も購入してみたが、絶品だった。

3階には、昨年10月にオープンしたYNU BASE HAZAWAが入っている。YNUは横浜国立大学の略。その地域連携推進機構のサテライト施設がここ、と教えてくださるのは、地域連携コーディネーターの今福嶺さんだ。
「大学の学術知を地域に発信する拠点です。地域の課題の解決を目指します」

横浜国大には、学生が所属する主専攻以外の分野を学習することができる副専攻プログラムとして「地域交流科目」が用意されており、地域との連携に力を入れていることがわかる。現役の学生さんからも話を聞くことができた。経済学部2年の田中直樹さんは、農業を通した地域活性化を理念とするプロジェクトに参加している。農家と連携し、学生が実際に野菜を育てて販売したり、さらに商品開発やイベントを行ったりしている。例えば、地域のコミュニティセンターで開催した料理企画では、皆で野菜の料理をして皆で食べ、お年寄りと交流の場を持つことができた。

建築計画研究室の修士2年、卯川遍さんは、昨年、こちらで「はざわあそびフェス」を開催し、大道芸やウォークラリーで多数の参加を得た。今年は「まなびフェス」で、地域の住民同士がお互いの特技・趣味を教え合う企画を実行する。


学生の話を、目を細めて聞いていた和田勝巳さんは、羽沢南町内会の参与である。昨年までは町内会長で、羽沢駅周辺地区まちづくり協議会に深く関わってきた。和田さんによると、昭和37年に初めて町内会ができた時は、60世帯だった。それが今は1300世帯で、全国から人が集まっている。新住民に地域への愛着を感じてもらうために、地域の坂や道に名前を付ける運動を展開している。例えば、上星川小学校の児童は「星の子」と呼ばれている。そこで小学校前の通りを「星の子通り」と名付け、サイン(標識)も出した。

まちづくりの観点から、和田さんは羽沢横浜国大駅の開通を大きく評価している。
「その前は横浜の奥地と呼ばれていましたからね」
バスも1時間に1本程度で、交通の利便性が悪かった。今は相鉄、JR、東急が直通となり、渋谷まで30分ちょっとで行ける。そのことが地域の住民の意識をポジティブに変えた。
また、「羽沢横浜国大駅」のネーミングのおかげで、横浜国大が住民にとって身近な存在になったのも大きい。羽沢は神奈川区、横浜国大は保土ケ谷区と、行政上では別々だが、駅を要として連携が取れるようになった。
「せっかく国大の学生がいるから、寺子屋的なものが開設されたらいいね、と期待は大きいんです」
その期待に応えるべく、大学側もYNU BASE HAZAWAを拠点として、大学生と普段は交流のない子育て世代や高齢者を取り込むために、子ども向けのイベントなど企画しているわけだ。
和田さんによると、羽沢のキャベツは横浜市最大の生産量を誇る。横浜駅から車で10分で、これだけ緑の多い地域は他にない。

農業と新興住宅地と横浜国大と。「農・住・学」の融合した環境は、新しい住民を迎えながらさらに発展しようとしている。羽沢の明日が楽しみだ。
【基本情報】
・横浜市スポーツ医科学センター
住所:横浜市港北区小机町3302-5(日産スタジアム内)
URL:https://www.yspc-ysmc.jp
・日産スタジアム
住所:横浜市港北区小机町3300
URL:https://www.nissan-stadium.jp
・新横浜公園
住所:横浜市港北区小机町3300
URL:https://www.nissan-stadium.jp/shinyoko-park/
・hazaar Bakery
住所:横浜市神奈川区羽沢南2-44-7 HAZAAR(ハザール)1階
URL:https://www.hazaar.jp/shoplist/shop104/
・YNU BASE HAZAWA
住所:横浜市神奈川区羽沢南2-44-7HAZAAR(ハザール)3階
URL:https://www.chiiki.ynu.ac.jp/satellitecampus/hazawa.html
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ライター:荻野アンナ
1956年横浜市生まれ。慶應義塾大学文学部卒。83年より3年間、ソルボンヌ大学に留学、ラブレー研究で博士号取得。89年慶應義塾大学大学院博士課程修了。以後2022年まで同大で教鞭をとり、現在名誉教授。1991年「背負い水」で第105回芥川賞、2002年『ホラ吹きアンリの冒険』で第53回読売文学賞、08年『蟹と彼と私』で第19回伊藤整文学賞を受賞。そのほかの著書に『カシス川』『老婦人マリアンヌ鈴木の部屋』など。神奈川近代文学館館長。